通常の食生活ではセレン欠乏症をきたすことはない。しかし、セレンを殆ど含有していない経腸栄養剤や高カロリー輸液に長期間依存しているとセレン欠乏になる。セレン欠乏は、心筋症、不整脈、易感染性、貧血、筋力低下などの原因となり、時には致命的になる。
一方、セレンを過剰に摂取すると、胃腸障害、神経障害、呼吸不全症候群、心筋梗塞、腎障害などを発症することが報告されている。(セレン欠乏症の診療指針2016、一般社団法人 日本臨床栄養学会)
アミノ酸のセレノシステインは、システインの硫黄元素(S)がセレン(Se)に置き換わったものであり、セレン欠乏はセレノシステイン欠乏を意味する(図参照)。SELENOSはセレノシステイン含有タンパク質であり、細胞内の小胞体に存在し、異常なタンパク質の排除を促進している。小胞体における異常なタンパク質の蓄積はストレスとなり、神経変性疾患、炎症、癌などの要因となる。
私たちはKLHDC1タンパク質が、小胞体ストレスにより発現誘導されることを見出した。KLHDC1は「セレノシステイン取り込みに失敗した不良SELENOS」をユビキチン化し、プロテアソーム依存的な分解を誘導した。KLHDC1の発現量を低下させるとSELENOS量は増加し、小胞体ストレスによる細胞死を抑制した。従って不良SELENOSも小胞体ストレスの低減に寄与していることが明らかとなった。
また、 SELENOSは酸化還元反応を触媒することが知られているが、SELENOSの発現量を低下させると細胞内の活性酸素種の量が低下した。活性酸素種はDNAやタンパク質等と反応し、それらの機能を傷害することで、様々な疾患や老化を引き起こすことが知られている。不良SELENOSが活性酸素種の生成に関与しているのかは不明であり、今後の課題である。
以上をまとめると、
① 異常タンパク質の蓄積は小胞体ストレスを引き起こす
② 小胞体ストレスによりKLHDC1が発現誘導される
③ 不良SELENOSも異常タンパク質を除去し、小胞体ストレスを低減する
④ KLHDC1は不良SELENOSを除去する
セレン欠乏は不良SELENOSの割合を増加させ、KLHDC1により分解誘導されるため、小胞体ストレスが増加することが示唆された。また、不良SELENOSが活性酸素種の生成に影響を与えるか、今後解析する必要がある。
本研究成果は名古屋大学、名古屋市立大学、九州大学、国立長寿医療研究センターとの共同研究であり、Cell pressのiScienceに掲載されます。
Okumura, F., Fujiki, Y., Oki, N., Osaki, K., Nishikimi, A., Fukui, Y., Nakatsukasa, K., Kamura, T., Cul5-type ubiquitin ligase KLHDC1 contributes to the elimination of truncated SELENOS produced by failed UGA/Sec decoding, ISCIENCE (2020), doi: https:// doi.org/10.1016/j.isci.2020.100970.
■研究者情報
福岡女子大学国際文理学部 食?健康学科
准教授 奥村 文彦
MAIL:okumura★fwu.ac.jp(★を@に変えてください)
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